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映画メモ

刃を持たずに戦える?いけばな池坊専好の『花戦さ』に思うこと。

花の仕事をする者として、これは見ないわけにはいかない。

楽しみにしていた『花戦さ』が公開されたので、早速見に行ってきました。

 

 

以下、ネタバレ気にせず感想を書きます。内容を知りたくない方はご注意を。

 

「花戦さ」予告編

 

「花戦さ」のストーリーと時代。

時代は16世紀。織田信長から、豊臣秀吉が天下を握る頃のおはなし。

 

16世紀。戦乱に荒れ果てた京の都に、花を生けることで世の平穏を祈り、人々に生きる希望を与えんとする、「池坊」と呼ばれる僧侶たちがいた。

やがて織田信長による天下統一を前に、戦国の世も終わりを告げようとする頃、「池坊」の中でもその生ける花がひときわ異彩を放つ池坊専好は、信長の所望で、「大砂物」なる大がかりな生け花を披露するため、岐阜城へと向かう。

そこで専好は、千宗易という不思議な男に出会うが、巨大な松を中央に据えた大砂物は思わぬ失態を招き、信長の怒りを買う。しかしそのとき、軽妙に事態を取り繕い、専好を救ったのは、信長に仕える若き武将、木下藤吉郎だった。

それから十二年。信長は本能寺の変によってすでにこの世を去り、天下はかつての木下藤吉郎、豊臣秀吉の手に委ねられていた。

期せずして池坊の執行となった専好だが、その立場ゆえに、迷いながらも自らの奔放な「花」を封印していた。そんなある日、今は豊臣秀吉の茶頭として、利休を名乗る宋易と再会する。

二人はしだいに心を通わせ、いつしか真の友として、互いが目指す「美」の世界を高め合う関係となっていく。専好は利休によって、自らが求める「花」の心をようやくつかみ始めるのだった。

しかしやがて悲劇が訪れる。天下を握ってから人が変わったように驕り高ぶる秀吉に対し、諌めるように自らの茶を貫き通そうとした利休が、その頑なさゆえに、秀吉に命じられ、自害に至ったのだ。

打ちのめされる専好。さらに悲劇は続いた。秀吉の乱心は嵩じ、罪もない街の者たちまでが、次々と命を奪われていく。

ついに専好は立ち上がった。時の最高権力者太閤秀吉に戦いを挑む専好。かけがえのない友、利休の仇討のため、彼が手に取ったのは、刃(やいば)ではなく「花」だった。それこそが、専好にしか成しえない「戦さ」であった。

 

「池坊」は1400年代から現代まで続くいけばなの名門。名前を聞いたことがある人も多いでしょう。

池坊専好(初代)は、16世紀に活躍した家元。立花と呼ばれるスタイルを大きく発展させた人です。

いけばなの歴史は、池坊公式サイト(いけばなの歴史) がわかりやすい。興味のある方は是非。

 

今回の映画では、池坊専好を狂言師の野村萬斎、豊臣秀吉を歌舞伎役者の市川猿之助、千利休を佐藤浩市が演じています。狂言と歌舞伎のコラボ、贅沢キャスティングですね。

個人的には、前田利家役の佐々木蔵之介さんが知的でカッコよかったです…(うっとり)

 

花を活けることの、本来の意味。

池坊は仏僧だった

現代に花の仕事をしてると言うと「オシャレ」「センスある」「デザイナーね」とか言われるわけですが、そうか、もともとはお坊さんだったんだ。ということをしみじみ実感しました。

 

 

印象的なシーンとして、河原が何度も出てきます。

戦で敗れた人か、行き倒れた人か。河原で無数の遺体に向き合う専好。

また、心を通じた千利休や、処刑された町衆の首が晒されるのも河原です。河原は、この世とあの世の境界を示すスポットなのです。

河原の石を積み上げ、そっと花を1輪立てる。経を読み、祈る専好。

 

花を立てることは供養。仏僧の役目。

(西洋でも、ガーランドやリースを編むのは祭祀のため。フローリストの起源はみな同じなのでしょう)

理解していたつもりですが、花を扱う人の本来の仕事は宗教家なんだよな、と実感しました。

 

材料は山から調達!

花活けに使う材料、現在なら市場へ仕入れに行くところですが、当時は山採り。専好自身が山へ材料を調達に行くシーンも描かれます。

利休の四十九日、利休や専好を慕う人々がそれぞれに花材を集めてくるシーンは胸を打ちます。もう時期を過ぎているはずの梅の花を、山から見つけてきたときの、専好のあの表情。

(梅の花は、専好が利休に死を踏みとどまらせようとした重要な花でした)

 

生きている花を摘んで、それを捧げること。

あれが本当のいけばなの意味だなあ、と。

生産者がいて、市場があって、季節を問わず花が手に入れられる現代の私達とは、重みが違う花活けであっただろうと思います。

 

花を「立てる」日本の文化

河原のシーンで、専好が花を「立てる」のがとても印象的です。

西洋ならリースを置いたり、花を捧げたりするのでしょうが、日本は「立てる」文化。

地鎮祭のお榊も、しきみも、お供えの仏花も、お正月の門松も、私たちは当たり前のように「立て」ますよね。

 

「立てる」というのは神に対する意識。天や神の世界とのつながりを表し、立てるものは神の依代(よりしろ)であると言われています。

 

この「立てる」という行為が、たてはな=立花(りっか)としていけばなに受け継がれています。

 

…というようなことは教科書的に習った記憶がありますが、なるほどこういうことかーと実感した次第。

確かに自分もお供えをしようと思ったら花を横に置くのではなく立てると思いますし、日本人の根底に流れている感覚なのかなあ、と。

 

登場するいけばな作品は、本気の池坊!必見です。

この時代、城や武家屋敷には大きな床の間が設けられ、そこに飾る花が求められていました。

茶と花は、武士のたしなみでもあったのです。

 

実際に、文禄3年(1594)、秀吉を迎えた前田利家邸の四間床に専好が大砂物を立て、「池坊一代の出来物」と称賛されたという記録が残っています。

これが、映画のラストで再現されている大砂物。

 

岐阜城で織田信長のために立てた昇り龍の大砂物(↓)と合わせて、なかなか見られない特大の作品です。

 

もちろん制作は、池坊の超一流教授陣。

秀吉への作品は制作に10日、信長への作品は14日かかったそうです。器も撮影のために作ったのだとか。やばい、本気のやつだ…

 

それ以外にも、専好が日常的に六角堂に立てる花、お弟子さんたちのいけばななど、たくさんの作品が登場し、どれも見ごたえたっぷり。必見です。

 

登場するいけばな作品は、公式ホームページでひとつひとつの解説が見られます。映画を見てから読むとまた楽しい!

「花戦さ ― いけばな」

 

まとめと感想。

予告編などを見ると「痛快ストーリー!」とうたわれていますが、実際はとても悲しい話です。

 

物語の前半で専好の周りに和気あいあいと描かれていた仲間たちは、秀吉の圧政が進むにつれどんどん殺されてしまいます。共謀罪も真っ青な理不尽さ。

現代より庶民の命が軽い時代とはいえ、やりきれなくて胸が痛みます。

 

その痛みをおそらく専好も同じように感じ、弔うために花を活ける。根底に流れるのは悲しみと鎮魂です。

大切な仲間を奪った秀吉に、怒り、憎み、恨みがなかったわけではないはず。それでも復讐ではなく、花で心を開かせようとする。

「花をもって、世の中を正そうぞ。」とはこれまさに。

 

しかし自分に置き換えてみたら、仲間が理不尽に殺されたとき、こんなふうに強く柔らかく相手の懐に入っていけるだろうか?

これは数百年前のお話ですが、戦時下にも同じようなことがあっただろうし、もしかしたらこれからの時代に同じ場面に出会うかもしれません。

復讐が復讐をよぶ、テロの時代。

そんなとき、文化を担う人たちは権力とどうやって戦うのか?刃を持たずに戦えるのか?というリアリティのある話なのかもしれないな…と思ってしまいました。

 

深読みかな。そんな時代が来ないことを祈ります。

 

「花戦さ」公式HP

 

 

池坊発祥の地・六角堂を訪ねたときの旅日記。映画にももちろん登場します。映画見てから行くとまた楽しそうだなー。

関連記事:
いけばな池坊の本拠地へ行ってみた@京都・2014年旅

 

映画の原作となったのはこちら。
キンドル版もあるので、気になった方は読んでみては?