16~17世紀のオランダで流行した『花の絵』たちをご存知ですか?
この『Dutch&Flemish(ダッチアンドフレミッシュ)』と呼ばれる時代の絵は、現代のフラワーデザインに大きく影響を与えています。
今回は、この時代の詳細を紐解き、実際に花を活けてみよう!というフローリスト勉強会の記録です。
『Dutch&Flemish(ダッチアンドフレミッシュ)』とは?
バロック時代の後期、1600年から1800年頃。
オランダ・フランドルを中心に「花卉画」「花の静物画」が描かれるようになります。(それまでは、絵といえば肖像画・風景画・宗教画だったのですね)
これが『Dutch&Flemish(ダッチアンドフレミッシュ)』様式と呼ばれるもの。
たとえば、こんな作品ね。
この「花の静物画」は200年くらいかけて「花のある静物画」に発展していきます。
前期~中期~後期と絵を見比べてみると、その進化がわかります。
後期は周りに描かれるものも増えて、ゴテゴテ感が増しますね。フルーツや貝殻、蝶々などのモチーフが多くなります。
(追記;「貝殻」はうずまきから、「永遠性」を表すとも)
なぜ花の絵が描かれたのか?
なぜ今まで描かれなかった「花の絵」が流行したのか?それには2つの要素があります。
ひとつには、インテリアとしての要素。
暗く、長いオランダの冬。花も咲かない庭。
暗い室内を明るく飾るために「本物の花のかわりに」花の絵を飾ることが流行しました。
これは宗教改革により、プロテスタントが受け入れられたこととも関係があるようです。
厳しい倫理を持ち、死は避けられないものであるという重要性をもつプロテスタントの世界では、花瓶に活ける生の花より、生き生きと描かれた絵の花を飾るのが流行したのではと言われています。
絵を見ると、どれも構図が単純。キャンバスのどまんなかに、花瓶と花が描かれている。
それは絵として鑑賞するだけでなく、これを本物の花としてインテリアに取り入れるためだったのですね。
もうひとつは、自然科学・園芸の発展です。
16世紀半ばから17世紀といえば、自然科学に対する発展が目覚ましかった時代。
植物の分野では、航海に乗り出した商人たちがはるか彼方の植民地から新しい植物を持ち込み、見たこともない植物たちを収集するのがお金持ちのステータスになります。
中流階級以上の人は庭で珍しい植物をつくることに熱中し、「オレの庭ではこんな珍しい花が咲いたぜ」ってことを自慢するために、画家に絵を描かせたり。
植物学の記録として、種苗会社や養樹園のカタログ用に、または自分の持つ珍しい花を誇示するためにと、花卉画が必要とされるようになりました。
人々は新しくもたらされる植物や珍しい花を、絵にして楽しみました。植物の細部までを美しく描写できる画家たちの活躍の場が広がっていたということですね。
花卉画のアレンジは、実際に飾られた花ではない。
ところで、これらの花卉画に描かれるアレンジメントたちは「実際に存在したものではない」ということを心に留めておかなくてはなりません。
花瓶に活けられた花をよく見ると、同じ季節に咲くはずのない花が混じっています。それぞれの花は、咲いた時期にスケッチしておいたものなのでしょう。
絵画に仕上げるとき、画家の想像の中でそれらを組み合わせて描かれたということです。すごいテクニックですねえ。
『Dutch&Flemish(ダッチアンドフレミッシュ)』に描かれるアレンジメントの特徴。
『ダッチアンドフレミッシュ』に描かれるアレンジメントの特徴はこんな感じ。
・多種類の花が、密すぎず混在。すべての四季の花が含まれる。
・ゆるやかなS字。うずまきの動き。
・トップに大きく重要な花。
・花の後ろや横顔を見せるために、いろいろな方向に向けられた花で奥行きを。
・鮮やかで多様な色彩の中に、白の使い方。
・躍動的で大胆。豊満かつ優雅。風が吹き上げたような動きがある。
・「虚栄(ヴァニタス)」の主題を含む。折れた茎、穴のあいた葉、いたんだ果物など。
・グリーンはほとんど使われない。
代表的な花は、チューリップ・水仙・アイリス・カーネーション・芍薬・ケシ・オダマキ・フリチラリア・バラ、などなど。
つぼみも開ききった花も、前からも横からも後ろからも描かれた花も混ざっているのは、図鑑的でもありますね。
花卉画から学ぶフラワーデザイン。
フラワーデザインの世界は、この『ダッチアンドフレミッシュ』の絵から、多大な影響を受けてきました。
これらの花卉画が、実際にさまざまな花をまとめる際にお手本とされてきたのです。
画家の想像で描かれた絵が、実際に花を活けるときに参考にされるとはなんとも不思議な感じですが、それだけこの時代の画家たちのデザイン構成や植物への観察眼が鋭いということなのでしょう。
特に「花の向き」「花の動き」に関しては学ぶことが多く、植生的な活け方をする際には必須のテクニックとなっています。
実際に活けてみよう!
お手本の絵画を見ながら初期~中期~後期それぞれの特徴を整理したあと、いよいよ実技に突入です。
今回は中期風をやってみましょう。
ダッチアンドフレミッシュには欠かせない、パロット咲きのチューリップもいい感じにのびきっています。こういうレッスンは、花材の調達と調整が大変なんですよねー。
(もくもく制作)
そして、できた作品がこちら。
折れている花もそのまま使って、ヴァニタス(虚栄)感を出してみる。出てるのか?
別の参加者の方の作品、その1。
ダッチアンドフレミッシュとしてはちょっと色・種類が少ないけど素敵。後ろ向きに配置した花がなんともいえません。
別の参加者の方の作品、その2。
躍動的・大胆。まさにダッチアンドフレミッシュですねえ。
そして最後に師匠がささっと活けてくれた作品。
動きがすごい。あの絵から抜け出てきたようです。
そうそう、実際こういう形を活けるには、フローラルフォーム(吸水性スポンジ)が欠かせません。
剣山とか花留めでもやろうと思えばできるのかなあ…。まあ、くねる茎をいい感じのかたちにピタッと留めるのはフローラルフォームなしには至難の業です。
フローラルフォームの代表・オアシス社が「オアシス」を開発したのが1954年(昭和29年)。
16世紀絵画の中にしかなかった世界を現実に「かたち」にするために、フラワーデザインの世界も発展してきたということなのかもしれません。
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この頃日本は江戸時代。
いけばなにたくさん流派がうまれ、立花からカジュアルな投入・生花が一般に流行りはじめていた時代です。
花の代わりに花の絵を飾るって発想は、屏風絵とかに近いのでしょうか。
ヨーロッパの暗く長い冬と宗教観がこうした芸術を生んだのですから、気候の違いとか文化の違いに想いを馳せるのは興味深いものですね。
絵画からフラワーデザインを見る、参考書はこちら。
古代エジプトから現代まで、歴史と絵画とその時代の花の扱われ方がわかります。マニアックですが、興味のある方は是非。
*勉強会は2012年に有志で開催されたものです。今回はその時の記録をリライトしました。