電気を使わず生きていくリアル。『寂しい生活』は現代の冒険の書!

最近の読書から。

『寂しい生活』(稲垣えみ子著/東洋経済新報社)をご紹介です。

朝日新聞を退社後、ジャーナリストとして活動している稲垣えみ子さんの新著。

稲垣えみ子さんといえば、報道ステーションにたまに出ている「アフロの女性」と言えばピンとくる人もいるでしょうか。

タイトルからはややわかりにくいのですが、著者が様々なしがらみを切って生きるに至った中で「いかにして家電製品たちと縁を切ったか、そしてどうなったか」にフォーカスした一冊です。

私たちがいかに家電(電気)に依存しているか、依存しているわりに本当に豊かになっているのか?など、最終的には「生きるってなに?」を考えさせられる内容。

また、著者が50代・独身女性であるというのも、わが身に置き換えると妙にリアルで興味深々。「洗濯は手洗いのみ、銭湯は2日に1回」とか、女子はなかなか言いづらいところもオープンで清々しいものがあります。

手づくりオフグリッドソーラー発電をしている私にとっても、家電との付き合い方は重要事項。自分の考えと合わせて、まとめてみましょう。

電気代150円&ガス契約なしの、稲垣さんの暮らし。

妙な暮らしをしている。

きっかけは原発事故であった。あまりの惨事に、我々は原発がなくても生きられるはずだと勝手に節電を始めた。恐る恐る家電製品を手放し始めたら止まらなくなった。最後には冷蔵庫も洗濯機もテレビも捨て、ついには会社員という地位も手放し、築50年近いワンルームマンションへ引越しを余儀なくされ今に至る。

その暮らしと言えば、電気代は月150円台、洋服も靴も例のフランス人レベル(10着)しか持たず、暑さ寒さはただ甘んじて受け入れ、日々の家事は手足と試行錯誤でこなし、食事はカセットコンロで炊く飯と味噌汁と漬物。さらにはガス契約もやめてしまったので二日に一度の銭湯が最大の娯楽という体たらくの独身51歳である。

こんなことになろうとは、ついこの間まで考えたこともなかった。高度成長期に生まれ育ち、いい学校、いい会社、いい人生という「人生スゴロク」をなんの疑いもなく信じ、ひたすら上を向いて生きてきたのである。

電気代150円。ガス契約なし。のっけからなかなかのハードコアです。

面白いのは、著者はもともとロハスな人でもなく、家電メーカー勤務の父親のおかげで小さい頃から家電に囲まれた生活をしていた人だということ。

「節電」ではなく「電気はないもの」とする=家電を捨てる!

「電気はない」という前提に立ってはどうか。あるものを減らすという発想ではなく、そもそもないのだと頭を切り替えるのだ。

「電気はないもの」として暮らす。で、どうしても必要な時だけ、必要最低限の電気を使わせていただく。

家電を捨てる。

これやったことある人はわかるけど、結構なハードルなんですよ。私も電子レンジ捨てるのに半年かかりました。

それを乗り越えるのは勇気です。

この本で綴られるのは、掃除機→炊飯器→電子レンジ→冷蔵庫 と着々と家電を減らしていく様と、それにまつわるドタバタ(失敗含め)と気づき。

本当に、これはやった人にしかわからない感覚で。

たとえば、冷蔵庫と決別するくだり。

なるほど冷蔵庫とは、時間を調整する装置だったのだ。我々は冷蔵庫を手に入れることで、時間という本来人の力ではどうしようもないものを「ためておく」という神のごとき力を手に入れたのである。

かくして我々は、「あれかこれか」ではなく、「あれもこれも」買えるようになった。それはなかなかに楽しい行為である。頭の中で将来の食卓に想像を巡らし、「いつか」食べるものを次々とカゴに放り込んでいくことができる。

冷蔵庫には、そんな「いつか」の夢がいっぱい詰まっていたのだ。そう、冷蔵庫とは、「いつかの箱」であり「夢の箱」なのである。

ほとんどの人は「大袈裟だなー」と思うでしょう?

でも家電ってそういうことなんですよ。

冷蔵庫が登場したことで、人は「食べきれない量の食品」を買うことができるようになった。これは売る方にとっては大チャンス。

有名広告代理店の電通に「電通10訓」というのがあります。

1.もっと使わせろ
2.捨てさせろ
3.無駄使いさせろ
4.季節を忘れさせろ
5.贈り物をさせろ
6.組み合わせで買わせろ
7.きっかけを投じろ
8.流行遅れにさせろ
9.気安く買わせろ
10.混乱をつくり出せ

売る方は商売ですから、こういうマインドでくるわけです。

右肩上がりの経済成長の時代、どんどんモノを買ってきた私たちは、「コレは本当に必要かな?」ということを立ち止まって考えてこなかったのでしょう。

買う方の我々にとって、それは本当にいいことか?

家電を捨てることで、本当は必要でないものまで買わされていたのかも、と気づくきっかけになるんですよね。

便利の陰にかくれているもの

家電は便利です。冷凍や冷蔵ができることも、本当はとっても便利なこと。

でもどこまでの便利を求めるかは自分で決めないと、消費させられるだけのカモになってしまう。

電気をやめてみると(もしくは自分で電気をつくってみると)、どこまでを電気に外注しようか、と考えるようになるんです。

自分の目で見て、自分の頭で考えて、自分の手足でやってみるということ。もしやそのことを、今の世の中は「不便」と呼んでいるんじゃないだろうか。  だとすれば、不便って「生きる」ってことです。  だとすれば、便利ってもしや「死んでる」ってことだったのかも

「便利」と引き換えに私たちが失ったものは、考える力。生きる力。

思考をたどる一冊。

この本を読んでも、ほとんどの人は自分の生活には活かせないと思います。だってハードコアすぎるもん(笑)。

でもこの「思考の軌跡」を見る価値はあります。社会的なしがらみにとらわれていた人間が、それをひとつずつ捨てることで一匹の動物に近づく過程を見ているような感じ…といいましょうか。

つまり何かをなくすと、そこには何もなくなるんじゃなくて、別の世界が立ち現れたのである。もともとそこにあったんだけれども、何かがあることによって見えなかった、あるいは見ようとしてこなかった世界。

我々が本当に恐れるべきなのは、収入が減ることよりも何よりも、自分自身の欲そのものである。暴走し、もはや自分でもコントロールできなくなったぼんやりとした欲望

家電やモノを手放していくことで、得られるもの、気づくこと。

それは本当に、やめてみた人にしか見えない世界なのです。

―――――

そういう意味で、一読の価値はあると思いました。

ちなみに私はテレビと炊飯器と電子レンジは捨てたけど、冷蔵庫は捨てれないしクーラーもたまに使います(笑)

稲垣さんが「自分で発電しよう」という方向に行かなかったのはどうしてなのかしら。ちょっと突っ込んで聞いてみたい気持ちにもなるのでした。

朝日新聞を退社したお話は別の一冊にまとまっています。こちらも面白そうですね。

こちらのインタビューも面白かったです。

モノを手放したら不安が消えた——家電製品もガス台もなくなったら快適で幸せな日々が待っていた

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