『サバイバルファミリー』感想、電気がなくなった世界は予想以上にサバイバルだった!

もしも世界から電気がなくなったら?あなたはサバイブできますか?

スウイングガールズの矢口監督最新作「サバイバルファミリー」見てきました。

予想以上にサバイバルだった!

以下、ネタバレ気にせず書きますので、見たくない方はスルーしてください。

予告編

公式サイト「サバイバルファミリー」

ある朝起きたら、電気がなくなっていた―

主人公の鈴木一家は、サラリーマンの父、専業主婦の母、大学生の息子、高校生の娘の4人家族。そのうち元に戻るだろうと数日を過ごしますが、一向に電気が戻る気配はありません。

水や食料も尽きてきて、母の実家のある鹿児島へ自転車での移動を決断。
サバイバルとは程遠い、フツーの一家の旅が始まります。

―――――

もしも電気が止まったら私たちの生活はどれだけ不便になるか。
震災もありましたし、私だってそれなりに想像しているつもりです。

しかしそこはファンタジー。想像の上をこえてくる。

心に残ったポイントを3つ挙げてみます。

電池もダメ、発電もダメ。電気の概念を捨てる!

「電気が一切使えない世界」では、電池もダメ。これはすごい。
電化製品はもちろん、時計も止まる。水も出ない。トイレも流れない。

現実には、重要な場所には「非常用電源」があると思いますし、個人でも電池やバッテリーである程度電気の備蓄はできます。うちもソーラー発電してますし。

しかし矢口監督はそんなこと許してくれません。電気は一切使えなくなりました。

こうなると最初は「不便だな」くらいだったのが、一気に「生きるか死ぬか」に発展してきます。東京は脆い。

いつ復旧するかわからない事態。

震災とかで停電しても、私たちは「そのうち復旧する」と思っています。
せいぜい数日、長くても1週間くらいで。

ところが1週間たっても2週間たっても電気が復旧しない。食料も尽きてくる。テレビもラジオも動かないので何の情報もない。

これは想像したことがなくて、ハッとしました。

復旧まで「しのぐ」ことはできても、1年2年「生活する」ことはできない。こうなったら東京では、生きていくことはできないのです。

鈴木一家が東京を捨てて鹿児島へ向かう決断をしたのは、正しかったんだな。(映画では、結果的に2年の間電気が使えなかったという設定でした)

自給自足できる土地がある人は強い。

西へ向かう道中、養豚農家のおうちにお世話になることになります。
いやもう、大地康夫がかっこいい。ピッタリすぎ。豚もさばける。薪で風呂をわかしてくれる。

野菜やコメ、卵などを物々交換している農村の人は、こういう事態に強い。
電気がなくて洗濯機や車が動かせないのは不便だけど、死にはしないのです。

都会は便利だけど、いざとなるとすぐ死ぬ。
農村は不便だけど、なにかあってもすぐには死なない。

やっぱ水と食料だなあ。強い。

ひよわな鈴木一家、豚の解体を見て吐きそうになりながらも、だんだん逞しくなっていきます。

まとめと感想。

常日頃から考えているテーマだけに、単純にコメディとして笑って済ませられませんでした。矢口監督の作品だからもっと笑えるかなあと思ったんだけど。

全世界的に電気がすべてストップして(電池も使えないし)テレビやラジオからの情報もないまま2年、っていうのがリアリティなくてわかりづらかったかも。

もっと完全にフィクションとして楽しめばよかったんだろうけど、まったくのフィクションとしては見られない自分もいて、爽快!って感じには楽しめませんでした。

とりあえず腑に落ちたことは、食料作れる人は強いってことと、大地康夫かっこいい!ってことでしょうか。深い意味を考えずに、楽しく見れば楽しいコメディだと思います。

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