店頭は一期一会。
バイト含め15年以上花屋の店員をやっていると、記憶に残るお客さんというのがいるものです。
思い出して書いてみました。いい話も悪い話もあります。
初めての、チューリップの花束
「待っているお客様の前で花束をつくる」
これが花屋で働き始めて、最初の壁ではないでしょうか。フローリストのデビューといってもいい。緊張のデビュー戦です。
私のデビュー戦は、物腰柔らかな中年の男性のお客様でした。
詳細は忘れてしまったけれど、「3000円で花束を」とのご注文。先輩に背中を押され、初めて待っている人の前でつくった花束は、黄色いチューリップの花束。
合わせる花をどれにするか恐る恐る提案し、お待ちいただいている目の前で花束を組みました。手が震える…
そんなあきらかにぎこちない様子の私をニコニコと見ながら、「急がなくてもいいですよ」と声をかけてくれたのでした。
なんて紳士なんだ…!!(涙)
今でも覚えている、私の最初のお客さまです。
3万円のアレンジ3つ
都心の花屋さんで働いていたころの話。
店長は車で配達に出ていて、のんびりひとりで店番をしていたときに電話が鳴りました。
「お見舞いの花で、3万円みっつ頼みたいんだけど、どれくらいでできる?」
ドスのきいた声、ここここの声はたまに来るあの人だ…!とすぐ思い当たりました。いわゆるその、そちらの道の方であります。ひえー。
さんまんえん で みっつ?ですか?
いや、さんまんえんのをみっつだよ。
(内心パニック)
「えーーーーっと、45分くらいでしょうか…」
「じゃそれくらいに行くわ。よろしくね」(ガチャン)
さあ困った。店には私ひとり。在庫している花も、ごく通常の量です。
とりあえずスタンド花つくるのと同じくらいの予算だから…
スタンド用のベースが入るカゴを出して給水スポンジをセットして、バケツを3つ用意して、店にある高い花を集めて…わああああもう10分たってるう!!!
心臓ばくばく、あんな冷汗は後にも先にもなかなかないです。
途中で店長も帰ってきてくれたので、なんとかかんとか作り終えたところにキキーッと黒塗りのクルマがご到着。
「うわあラッピングとかまだしてないです領収書はどうしますかっ…(汗」
おたおたしている私たちにお客さまはぽんと現金を渡し、黒いスーツの部下の方々がさっとアレンジを持ちあげクルマに積み込んで去って行きました。
残された我々、放心。
花の在庫、残りわずか。
もう今日は閉店してもいいかな…と、ふたりで呆然としたのでした。
3万円×3個に、45分は短すぎたなあ。今だったらもう少し度胸もあるし上手に受けられる自信ある。
しかし当時は精一杯でした。なんとか間に合って、なにごともなくて本当によかった。
プロポーズのサプライズ花束
お花という商品の性質上、「女性に贈る」ご用途の男性客は多いもの。
ただし日本人は照れ屋さんな人が多いので、あまり多くを語らない人が多いです。
そんな中、一番記憶に残っているプロポーズの花束はこんなものでした。
「赤とピンクのバラを使って花束を。お台場の○○レストランに届けてほしいんです。食事が終わったところで渡すので」
「かしこまりました」(お、これは大事なシチュエーションですな!わくわく)
「それであの…この指輪を、花束のどこかに入れたいんですが」
「なるほど」(うおお、これは責任重大や…)
どうやって花束に入れようか、お客さんと細かくご相談。リボンのところに仕込むことに。
その後の報告は聞いてないのですが、結局どうだったたのかなあ。
彼にとってはおそらく人生の一大事。うまくいくといいねと思いながら束ねたのでした。
いい意味で、「お花は主役じゃないのだ」って実感するご注文でした。
ところでこういう注文、お店によっては高価なもののお預りはお断りすることもあると思います。日程に余裕をもって、まずはご相談を。
黒いリボンのお供え花束
4つめは怖い話。
知り合いのおうちで不幸があったので、お供えの花束を届けてほしい、という電話注文。
近くなので後で支払いに行く、というので、注文主の連絡先を聞いて注文を受けることに。
「お供えの花なので、黒いリボンをつけてくださいね」
と念を押されました。
お供えの花でもあんまり黒いリボンって使わないんだけどなー(たいてい白か薄紫)と思いながらも、ご希望どおりにおつくりしてお届けにいきました。
すると
「うちは誰も亡くなったりなんてしてませんよ。この差出人も知らない名前だわ」
えっ…
注文主に電話をしてみたら、電話もつながらない。
名前も電話番号も、どうやら架空のものだったよう。悪質な嫌がらせです。もちろんお支払いにも来ませんでした。
受取人の方はたいそう気味悪がり、警察に通報するさわぎに。
警察の方に電話を受けた状況などを聞かれましたが、普通の女性の声だったとしか答えられず…まさかそんな意図だとは思っていませんからねえ。
悪意をもって花を贈る。
あの電話の人のその裏に、どんな思いがあったのか…と想像すると、背筋が寒くなります。
衝撃を受けた一件でした。
娘さんの誕生日に
最後はほっこりとしめましょう。
閉店間際の店番中、ばたばたと入ってきたサラリーマン男性のお客様。
「花束お願いしたいんですけど、今からで大丈夫ですか」
月末だったので、送別会かなあと思いながら
「大丈夫ですよ。おひとつですか?」と聞いてみると。
ええと・・・
中学生の娘の誕生日で。3000円くらいで可愛いのひとつ。
で、夏休みも終わりだからかみさんにもついでに
なんていうか・・お疲れさま、みたいなかんじで小さいのひとつ。
あとチビ(弟?)がやきもちやくと思うんで・・
小さいのもうひとつ。
3000円、1000円、1000円みたいな感じでできますかね?
おおお、
なんていいパパなんだ・・・!!(感激)
素敵なご家族なのだろうなあと思い、ほんわかした気持ちでいっぱいになりました。
「花は特別なときに贈るもの」「花は女性が喜ぶもの」という固定観念をさらっと飛び越えたパパに拍手を送りたい。
こういうおうちで育つと、弟くんも将来お花を抵抗なく贈れるステキ男子になることでありましょう。
閉店間際だったけど(はやく帰りたかったけど)、こんな注文聞いたら仕方ない。思わず腕まくりして作ってあげたのでした。
―――――
花屋はドラマティックな現場です。
お客さまの人生の一端を垣間見るようなそんな注文を、今日もお待ちしておりますよ。